服部匡志がベトナムで無報酬で手術をする理由とは?年収も公開!

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2016年5月19日(木)
22時00分~22時54分
放送の
カンブリア宮殿に

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ベトナムで
無報酬で手術をしている
日本人眼科医
紹介されます

現地での活動費用や
術費用は
国や政府の
援助を受けず
全て自腹
2週間日本で
医療行為をして
次の2週間は
ベトナムで
無報酬での手術。

この活動を
10年間
繰り返しているのは

 

服部匡志

世界でも
トップレベルの腕を持つ
ドクター服部匡志さん

どこの病院にも属さず、
フリーで日本各地の
病院を渡り歩き、
数多くの手術をこなしています

フリーランスの
医者と言ったら

「私、失敗しないので」
決め台詞で
有名なドラマ「ドクターX」の
米倉涼子さんを
思い浮かべるのですが
服部医師は
どんなお医者さんなのでしょうか。
請負う手術の数は
日本の4倍の年間800件にのぼり

既に1万人近い方に
光を灯している彼は
ベトナムの
「赤ひげ先生」
と呼ばれています
服部匡志さんは
高2の夏、
父が癌で亡くなり
死を凄く身近に感じました。
親戚中が集まり
四十九日が執り行われる中、
全てが嫌になり、
自分をどうにかして
変えたい!と思い
黙って家出をしました。
行き先は北海道。
寂しい旅の途中、
沢山の人の温かさに触れ、
自分の悩みの小ささや
世界の広さを感じ
このころ医者になる事を
決めたそうですが
旅で1ヶ月も
高校をさぼった為、
勉強についていけない。
大学受験も失敗し続け
4浪のすえ
医学部に合格しました。

最初目指していたのは
消化器外科でしたが

凄く大きなハートを
持ち合わせた
教授と出会い
人間性に惚れこんで
眼科を志すようになったそうです
そしてある時学会でのこと。
「ベトナムで
苦しんでいる人を
助けて欲しい」という
ベトナム人女性医師の
訴えを聞いて、

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悩んだ挙句の果てに、
『世界に対して
日本は兄貴のような存在
目先ではなく
大きい視野で
活動するべきだ』と考え、
ベトナム行きを
決行しました。
プロフィール

服部匡志

( はっとりただし)
1964年大阪生まれ。

京都府立医科大学
医学部卒業後、

大阪、京都、
熊本、福岡、
静岡など、
日本各地の病院で
経験を積み、
2002年、
ベトナム国立眼科病院へ
網膜硝子体手術指導医として来越。

現在、
日本の病院の
アルバイトで
生活費を稼ぐ傍ら、
ベトナムでの
治療や指導を続けている。
「無償でも、
それに負けないものを、
結果として残したい」
というのが服部氏の

「赤ひげ魂」だ。
当初
服部医師が
ベトナムへ行こうと
決意したとき、

奥さんは
大反対だったそうです。

そりゃあそうでしょう

無償奉仕ということで
収入も減るし、

プライベートでの
仲間を捨ててまでして

どうしてベトナムへ
行かなければいけないのかと
言われたそうです。

 

でも最終的には
多くの人が
助かるならいいと
奥様がOKを出してくれた
のだそうです。

そのかわり
収入が減るんだから
節約してねと。

夫である
服部医師の思いを
受け止めてくれた奥様は
ベトナムへは行かず、
日本に住んで居られるようです。

単身赴任っていうやつですね
お子様についての情報は
わかりませんでした

 

服部先生の
年収について
調べてみました
日本で眼科医として
勤務していたころの
服部匡志先生の年収は

月収200万円位あって、

年収1億円くらいでした

勤務医から
フリーになり
年収は400?500万円と
かなり減少しています。

そのため
コンタクトの
アルバイトなども
やっていたそうです。

その中から渡航費や
宿泊費なども
出さなくては
いけないですしね。

無報酬での手術・・・
ほんと頭が下がります

大変だと思いますが、
一人でも多くの
患者さんのために
これからも
頑張ってくださいね

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