究極の特攻兵器「桜花」の発案者大田正一の家族は?偽装自殺の謎!

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その男は生きていた!!

人間爆弾と呼ばれた特攻兵器“桜花”
発案した元海軍中尉が終戦直後、
ひとり零戦に乗って海に飛び込み、自殺を遂げました。

自殺・・・そう世間には見せかけた・・・

 

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だが本当は死んでなんかいなかったのです

終戦時、特攻に無理やり送り出そうとした若者たちの報復を恐れ、
自らも特攻をするふりをして逃亡。

げっ~!サイテ~
戦後、戸籍を偽り青木薫という名前を名乗り自らは1994年まで生き延びたんだって。

自らも特攻をするふり?

で、逃亡?

なんなんそれ?ってかんじですね。

あんたの考えたものでたくさんの人が命を落としてるんやで

逃げるなよ!

 

桜花

 

その大田正一が発案した

特攻兵器「桜花」とは
1944年、まだ神風特攻隊が考案されてないころ
三菱名古屋発動機製作所では
空対地ミサイルの研究を行っていたのですが
その誘導装置に苦労していました。
当時の電子技術では
満足な誘導装置なんてできなかったのです。

そんな時、この話を聞きつけた海軍の大田正一特務少尉なる人物が
『命中しないなら人間に操縦させよう』と思いつきました。

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彼は本来の業務をほっぽりだしコネを頼りに
東大に自分のアイデアを売り込むための
技術資料作成を依頼しました。
その資料を手に「完成した暁には自分が真っ先に乗りますから!」な~んて
軍上層部にてきとーなこと言って
プレゼンテーションに成功。

出撃したら最後パイロットは絶対死ぬ
そんな恐ろしいグライダー型有人爆弾が完成し、

実際に運用までこぎつけてしまったのです。

人間爆弾「桜花」発進 [ 「丸」編集部 ]

OH!こわー
しかしこの非情な兵器は
母機が敵艦に近づく前にアメリカの戦闘機に撃ち落とされ、
ほとんど戦果を挙げられませんでした。

そして発案者の大田正一は終戦の3日後、
零戦に乗って海に飛び込んで自殺を偽装したのです

そして生き延びた大田は
なんと偽名を使い大阪で新しい家庭を作っていたんです。

息子の大屋隆司さん(63)が
父の本当の名前を知ったのは中学生の時だったそうです。

戦後70年の節目を迎え、
知らなかった父の過去と向き合おうとするため
戦争中の父を知る元桜花搭乗員を訪ね、
その人生の痕跡を探り始めました。
ETV特集「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」

2016年3月19日(土)  23時00分~24時00分 

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